こんにちは。ご覧いただきありがとうございます。第61回目の更新です。
今回は読書記録として、伊坂幸太郎さんの短編集『逆ソクラテス』を紹介します。
おもしろいタイトルですよね。普段小説は読まない私ですが、たまには読んでみようかな、と思った事、そして何より圧倒的な存在感を放つ表紙のイラスト、『敵は先入観。世界をひっくり返せ!』『僕はそうは思わない』という帯のキャッチコピーに惹かれ手に取り、購入しました。
大人にも、子供にも、是非読んでほしい作品です。自信をもって、お勧めします。
伊坂幸太郎『逆ソクラテス』5作品すべての主人公は「小学生」
敵は、先入観。
世界をひっくり返せ!伊坂幸太郎史上、最高の読後感。
デビュー20年目の真っ向勝負!逆転劇なるか!? カンニングから始まったその作戦は、クラスメイトを巻き込み、思いもよらぬ結末を迎える――「逆ソクラテス」
足の速さだけが正義……ではない? 運動音痴の少年は、運動会のリレー選手にくじ引きで選ばれてしまうが――「スロウではない」
最後のミニバス大会。五人は、あと一歩のところで、“敵”に負けてしまった。アンハッピー。でも、戦いはまだ続いているかも――「アンスポーツマンライク」
ほか、「非オプティマス」「逆ワシントン」――書き下ろしを含む、無上の短編全5編を収録。
本著『逆ソクラテス』は、5つの短編小説からなります。
『逆ソクラテス』
『スロウでない』
『非オプティマス』
『アンスポーツマンライク』
『逆ワシントン』
の5作品です。
この5作品のメインの登場人物は、全て小学生。
今大人になった自分が、小学生だったときのエピソードを振り返るように語り手の口から、話は進んでいきます。
小学生の頃の思い出と言えば、中学・高校の頃と比べて曖昧なもの。
その分、大人になってから語られる小学生の事の思い出は、よほど印象深い事であるか、大人になってからの教訓めいた事であることが多いと思います。
そんな小学生時代の物語です。
小学生の頃はどんな障壁があり、どんな悩みを抱えていたでしょうか。
先生の絶対的存在、いじめ、皆に迷惑をかける奴、頭ごなしにどなる大人、何をやるにも一歩踏みだせない事、逃げずにあやまること、各々様々あると思います。
『逆ソクラテス』をはじめとする5作品の中の小学生は、友人の手助けを借りながら、これらの障壁を乗り越えていきます。
それが何とも痛快で、心地よいのです。
本著のタイトルにもなっている「逆ソクラテス」の痛快な逆転劇を紹介したいと思います。
敵は先入観「逆ソクラテス」
ソクラテスと言えば、「無知の知」。
すなわち、自分は何も知らないという事を知っている。自分が分かりもしない事を知っているという人間よりもましである、という意味も内包している言葉です。
「逆ソクラテス」という言葉が指すのは後者の人間であり、勝手な決めつけや、先入観で物事・人の良し悪しをジャッジする人間の事です。
小学生時代、「逆ソクラテス」的な人の代表格と言えば、先生ですね。
この話に出てくる先生は久留米先生と言って、自分が優秀な生徒と思っている生徒は何をしても褒め、落ちこぼれと思えば何をしても批判する頭の固い教師。今の時代にも、少なからずいると思います。
そして、生徒たちも絶対的な存在である先生の決めつけの通りに考えてしまう。
優秀だと言われれば優秀だと思い、劣等生だと思われれば、そうだと思ってしまう。自分も、周りの人間もです。
小学生にとって、先生とはそれだけ絶対です。今から30年弱にもなりますが、私も小学生時代の先生は絶対的でした。
中学、高校の先生よりも、その程度は強かったように思います。
「逆ソクラテス」では、草壁という生徒が先生から落ちこぼれと思われていました。それゆえ、周りの生徒からも卑下して見られてしまう存在です。小学生時代を思い出せば、こんな子が一人はいたのではないでしょうか。
大逆転劇!と言ってしまえば少し大げさかもしれませんが、そんな痛快さが読後に味わえる話でした。
草壁は、語り手である加賀、優秀な女子生徒の佐久間、そして安斎の力を借りて、逆転劇を起こすのです。
安斎は言います「敵は、先入観」。テストで、不審者騒動で、野球教室で、草壁に対する先入観を打ち払おうとします。
その先入観を打ち破り、草壁がどうなったのかは、是非読んでみてください。
読後、「逆ソクラテス」的な人間にはこう言いたくなるでしょう。
「僕は、そうは思わない」
相手によって態度を変えることほど、格好悪いことはない『非オプティマス』
私が感じた『逆ソクラテス』全体を通してのメッセージは、人は変われる、ということです。
だから、今この瞬間だけを切り取って、その人がいかなる人物かを判断してはいけないのです。
『非オプティマス』の中で、久保先生という人物が出てきます。その久保先生の授業参観での言葉は非常に印象的です。
この本の中でも、少し異彩を放つ小説で、他4作品とは色が違うように思えましたが、この本の全体を総括するような内容です。
掲題にした「相手によって態度を変えることほど、格好悪いことはない」とは久保先生の言葉です。
久保先生は、人と人との関わり方を説いてくれています。人によって態度を変えずに、誰にも丁寧に接する事。それが自分の評判を作り、自分を助けてくれる。
人は変わるし、意外な姿を隠しているものです。今の外見や、その人に対する勝手な思い込みは、その人の可能性をなくすだけでなく、最終的に自分を貶めてしまう。
運動音痴だと思っていた生徒が実は足が速かったり、馬鹿にしていた人が取引先の重要な担当者だったりすることは、思い当たる節があるのではないでしょうか。
そしてそれで態度を変えるのは、凄い恰好悪いですよね。だから、誰にでも丁寧に接する事。久保先生はそれを教えてくれました。
『非オプティマス』も絶対おすすめ出来る作品です。
そして何よりこの作品の魅力と言えば、作品と作品のつながりです。1つ前の小説で出てきた人物が、今回も出てくるといった具合です。
それを見つけるのも、作品の楽しみ方の一つですね。
今回は5つの短編です。読んでいる最中も、この5つがどうつながってくるのかを色々考えながら読み進めました。
そしてやはりラストの2作品でつなげてくれます。
『アンスポーツマンライク』と『逆ワシントン』ですが、ラストのつながりは鳥肌もの。
最後の最後まで、「人は変われる」これを発信してくれた短編集でした。
伊坂幸太郎『逆ソクラテス』は年代問わず読んでほしい作品
著者が最後に 「デビューしてから二十年この仕事を続けてきた一つの成果のように感じています」と記されています。
その通り素晴らしい小説です。小学生の世界の話ですが、大人になった今だからこそ、振り返ることでわかる世界もあります。
どの作品も読後感がよく、希望を感じるのは、子供たちの結びつきが丁寧に描かれているからでしょう。立場や地位に関係なく、気が合うだけでつながれていた貴重な時代を懐かしく思うとともに、その頃、この本に出会いたかったとも感じました。
伊坂幸太郎さんの原点にふれた気になれる短編集。感性豊かな小・中学生たちにも、ぜひ読んでほしいと感じました。
ここまでご覧いただきありがとうございました。今後もよろしくお願い致します。